吉川福音教会(BBS)

39907
お名前
件名
メッセージ
メールアドレス
ホームページ
文字色
削除キー (半角英数字のみで4〜8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

詩篇? - Grace

2008/12/04 (Thu) 14:15:22

主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させいこいの水にともなわれます。主は私のたましいを生き返らせ御名のために私を義の道に導いてくださいます。たとえ死の陰の谷を歩むことがあってもわざわいを恐れません。あなたのむちとあなたの杖それが私のなぐさめです。あなは私の敵の前で食事を整え私の頭に油を注いでくださいます。私の杯はあふれています。まことにいのちの日のかぎり恵みとあわれみとがおってくるでしょう。私はいつまでも主の家に住まいましょう。暗記したのでここにアウトプットしました。完璧ではないですから、よろしくお願いします

Re: 詩篇? - 寺田祐一牧師

2008/12/04 (Thu) 17:20:24

 
 なるほど。
 ええ、頑張ってください。

夢見る人 寺田祐一牧師

2008/12/03 (Wed) 09:02:53

 昨日、クリスマスの絵と思ってポインセティアを描いたのですがうまく行きませんでした。
 ちょっとポインセティアが大きすぎて描ききれなかったことと、最近のポインセティアは様々な色があって複雑なためでした。せいぜい2時間ぐらいの間では自ずと限界があり、花はにりん、葉っぱは10枚ぐらいがいいところです。昨日のポインセティアは30枚以上あって、赤、グリーン、オフホワイト、斑入りと、残念ながら私の腕では無理でした。
 確かに、時間をかければ出来そうですが、そこまでの忍耐と興味はないのだと思います。2時間がやっとで、それに見合う規模のものが良さそうです。さてどうしましょうか。またカラスウリでも描きましょうか。
 
 今朝もだいぶ寒かったのですが、日中は暖かくなりそうです。
 夜には祈祷会があるのですが、今日は新約聖書ピリピ人への手紙の最後、4章を学ぶことにしています。
 ピリピの教会は、パウロにとってはかけがえのない教会で(すべてがそうでしたが、特に個人的な関係があったという意味で)、この手紙に、その思いがよく現れています。別名「喜びの手紙」とも呼ばれていますが、先週3章を読んだ時の解説がよく表していますので、掲載して見ましょう。4章はこれからです。

                         「夢見る人・国籍は天に」
                         ピリピ人への手紙 3章

 このピリピ人への手紙、基本的にパウロが捕らえられた時、それを助けるために派遣してくれたエパフロデトと、持たせてくれた援助に感謝するために書かれたお礼の手紙でしたが、いつしか、ピリピの教会にも起こった問題、おそらくこの地上に教会がある限り続く、永遠のテーマである、福音と律法の問題についてパウロが再び教える手紙となっています。
 今日の箇所を読み解くキーワードは、まず、2節の「どうか犬に気をつけてください」ですが、パウロの、ただ信じるだけで救われるという、福音の恵みを否定する人々への怒りは普通のものではなかったようです。相手を犬呼ばわりしています。ローマ人への手紙でもさんざん学びましたが、これを打ち破らない限り、福音の恵みを本当には知ることも、知らせることも出来なかったからです。これは、福音宣教の魁けとなったパウロの、実に生涯をかけたの戦い、テーマとなりました。そして3節の「御霊によって礼拝をし、キリスト・イエスを誇り、人間的なものを頼みにしない」ことの意味について戦い続け、語り続けたわけです。
 次には、13節の「うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み」ですが、福音、救いの恵みとは、過去の一切のものからその人を解放し、前に向かって進ませる力、希望や新しい喜びということです。せっかくイエス様を信じても、なかなかそれまでの生活に決別出来なかったり(人情は絶ちがたいものです)、教会の中でも、「お前たち、そんなだらしないいい加減なことで、本当に神様が救ってくださるとでも思っているのか」という、パウロが犬とまで呼んでいるユダヤ人律法主義的クリスチャンたちの、恐い脅かしによって躊躇している人々へ、7節で「しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました」と切り捨てています。そして目指すべき目標、いや、「私たちの国籍は天」にあるのですから、それに「向かって(一緒に)進み」ましょうと訴えているのです。同じ目的地、まあ、一緒の墓に入りましょうと。
 そして、17節の「兄弟たち。私を見ならう者になってください」ですが、勿論パウロがここで言っているのは、自分が偉くて立派だから私を見倣えと言っているのはありません。いくらパウロが傲慢でもそんなことを言ったら逆効果だし、それほど無教養ではありません。ここでパウロが見倣えと言っているのは、姿勢も確かにあるでしょうが、むしろ向かっている方向のことです。ユダヤ人クリスチャンたちが向かっている律法主義的方向、そして天の国籍を目指して、まったく反対方向へ向かっている、私をはじめとする同じく17節、「私たちを手本として歩んでいる人たち」の方向を目指して欲しいということでしょう。
 この方向、律法主義たちや信じていない人々には、あるいは無責任でおかしな行動と見えるかも知れませんが、それを恐れないでというのがこの手紙のようです。だらしなくていいと。
 私たちに与えられた恵みがいかに素晴らしいか、勿論お金では買えない、何にも代え難いものであることを分かって欲しい、使徒パウロ、自分の宣教者生涯をかけたお願いだったのです。
 こうした背景を踏まえてこの手紙を読むと、パウロの、いいえ、イエス様のおこころがよく分かって来るようです。

クリスマスの絵 寺田祐一牧師

2008/12/02 (Tue) 10:50:10

 どうやら雨は上がったようです。
 今日も午後からお絵かきの時間があります。
 話ばかりしてあまり書かないこともあるのですが、今日は少し頑張ってクリスマス・カード用の絵を描こうと思っています。さて、どんな絵がいいのか‥‥
 もう3年も書いていますので、最近題材がなくなってしまったのです。 
 H兄はもう何でも精力的描いておらますので題材は尽きないようですが、私の場合、基本的には人物も風景も静物も描かず、花一筋?なので(葉っぱが好きなのです)、少し困っています。基本的には身近にある花で、写真とかは見て描きませんので、もう描き尽くしてしっまた‥‥
 でも、何か工夫してクリスマスの絵を描いてみましょう。
 何があるのか‥‥ 、お楽しみと言ったところです。

朝ごとに 寺田祐一牧師

2008/12/02 (Tue) 11:31:51

 今、「朝ごとに」で読んでいるエレミヤ書は、実に興味深く面白いものです。
 参加してくださる方も、この面白さによっても来られているようです。続きが聞きたい、と。
 ですから、本当は書きたいのですが、残念ながらその時間と体力が不足しています。
 書ける時には書くつもりでいるのですが、ぜひそのためにお祈りください。
 ありがたいことに、そんな粗末な文章でも楽しみにしてくださる方がいらっしゃいますので、頑張りたいと考えていますので。
 今朝の43章は、困難な状況に陥った時、その人の本音、本性、一番大事なもの、信じていることが現れてしまうと言うことです。
 バビロンにエルサレムを占領され、王が連れ去れてしまった時、民たちは、いくらかまだエルサレムには残されていたのですが(その民たちを治めさせるために、ネブカデネザルはゲダルヤという人物を総督に任命したのですが、後先も考えない愚か者によって殺されてしまいます)、とにかく飼う者のいない羊のように、互いに争い合っているのです。それこそ、未曾有の事態に及んで、本来ならすべてを越えて一致して行くべき時なのに、自分のメンツや利益を捨てることが出来ず、醜い争いが続けられるのです。一番悲しい、哀れでみすぼらしい姿です‥‥ 、日本の教会のような‥‥
 そんな中、一人筋の通った生き方をしていたのはエレミヤでした(私には出来ません)。そんなエレミヤを頼りに集まった人々でしたが、エルサレムに止まれという、エレミヤを通して語られた主のみことばに納得出来ず「あなたは偽りを語っている。私たちの神、主は『エジプトに行って寄留してはならない。』と言わせるために、あなたを遣わされたのではない。ネリヤの子バルクが、あなたをそそのかして私たちに逆らわせ、私たちをカルデヤ人の手に渡して、私たちを死なせ、また、私たちをバビロンへ引いて行かせようとしているのだ」と、とんでもない言いがかりをつけて来たのです。
 彼らはエジプトに逃れたかったのに、エレミヤが反対のことを言ったからです(勿論主の御告げです)。
 しかも、エレミヤの清廉潔白だけは否定出来なかった彼らは(だからエレミヤのところに来たのに)、なんと、エレミヤと苦楽をともにした、いや生死をともにしたエレミヤの書記バルクにその攻撃の矛先を向けていったのです。エレミヤは立派だが、あのバルクに騙されていると‥‥
 結局彼らはエレミヤやバルクを捕まえて一緒にエジプトへ引きずっていったのです。
 この行為が、最終的に彼らの行く末を決めてしまうのですが(滅亡)、難しいこととはいえ、やはり神の民としては愚かと言うほかはないのでしょう。確かに、現実を考えたらエジプトへ逃れるのも選択肢のひとつでしょう。しかし、神様はエレミヤを通してそれはないとおっしゃったのです。そして、そうした現実的な考え方が、どんどん民たちを神様から引き離してしまったことがよく分かります。
 私たちは、勿論、この世の現実や考え方を否定するわけではありません。普段はそうして暮らしています。
 しかし、一旦困難な状況に陥った時、目を向けるべきは神様しかないはずです。
 エレミヤはそうし、バルクもそうしたのですが、民たちはどうしてもそれが出来ませんでした。そしてその責任をエレミヤたちの押しつけようとしたのです。
 私は偉そうなことは言えませんが、せっかくクリスチャンにしていただいたのですから、最後までそうしていたと考えました。神様が選んでくださり、自分もそう決めたのですから、おゆだねして行きたい‥‥
 ふらふらして情けない信仰ではありますが、何とか筋だけは通したいものです。
 必ず神様の結果がついて来る選択となるでしょう。

アドベント 寺田祐一牧師

2008/12/01 (Mon) 23:34:28

昨日の日曜日は、結局3カ所を回り、帰りはだいぶ遅くなってしまいました。
 今朝は、早天礼拝が終わったあと、いつも参加してくださる方に朝食をごちそうになり、帰ってからはそのままぐずぐずしてしまいました。
 明日の「朝ごとに」のために、今日はじめてPCにふれました。
 特別な連絡もなかったようで、静かな月曜日といったところです。
 さて、明日からはまた忙しい日が続きます。
 ご近所の方々にクリスマスにおいでいただくために、つい先頃教会の新しいトラクトを作成したところですが、やはり今年も「クリスマスちらし」を作ってお知らせしましょうか。
 実は今年、教会全体が疲れてしまっているため、特別なプログラムは一切せず、チラシやポスターなども作成しないことにしていたのです。まだ疲れがとれてはおらず、回復していませんので、このスタイルを来年1年も続けて行こうと考えています。牧師主導型にしないで、信徒の皆さんの内から様々なあつい思いがわき上がって来るのを期待しているところです(幸いなことに、そうした傾向はだいぶ見られはじめています。一番だめなのは私か?)。
 とにかくこの12月は、新しい年に備えて、少しがんばって見ましょう。
 書かなければならない原稿もたくさんあって、まあ、大変なのですが、クリスマス、年末のプログラムに関して私が出来ること、チラシやポスターなども作って見ましょうか。たくさんおいでいただきたいので。


    ○   アドベント   ○

 夕方5時にはもう真っ暗です。年の暮れ、身にしみるのは寒さばかりではありません。この暮れをどう乗り切るか、寒いのはむしろ心の方でしょうか。
 待降節、そんな中、今年ももうクリスマスの季節が巡って来ました。もうまもなく教会のイルミネーションも灯るころです。冬の夜空はさえ渡り、星はイエス様のご降誕を喜ぶように輝いています。」

                                                      教会コラムから

明日の礼拝 寺田祐一牧師

2008/11/29 (Sat) 08:55:51

 今朝の「朝ごとに」は、ちょうど昨日の続きになっているのですが、どうしても書かざるを得なかったので頑張って書きました。韓国から戻って、ちょっと体力が回復しなかったので、「朝ごとに」を書くことが難しく、だいぶとどこうっていました。それでこのBBSの中で簡単に触れるようにしていたのです。
 残念ながら、書きたいのはやまやまなのですが、「朝ごとに」は体力的に毎朝は無理なようです。とにかく毎朝読んで話はしているので、書きたいことははっきりしているのですが、実際に文章にするのはそんなに簡単ではありません。頭よりは体力をかなり消耗してしまいます。ほかに仕事がなければいくらでの出来るのですが、片手間ではいかないようです。
 とりあえず、今日は書いておきましたので、是非お目をお通しください。

 何故書けたかというと、実は明日は講壇交換で、こちらへは我孫子教会の宋均鎬先生がいらっしゃり、私が我孫子へ行くのですが、その準備がすでに出来ているからです。今日は明日の礼拝のための週報をきちんと作ればそれでお終い、あとはゆっくり出来るからです。
 また、午後には中野にある教会で教会建築セミナーがあります。その教会に会堂建築の計画があるからであり、そのために、我孫子での礼拝後、中野まで行くのです。
 実は、こちらの方が私にとっては専門で、むしろ楽しい仕事になります。
 是非よい会堂が建てられるためにお役に立てればと考えています。
 
 明日、こちらの教会での礼拝では、たぶん、宋均鎬先生が説教とともに、そのご専門であった声楽、テノールですが、素晴らしい特別賛美も歌ってくださることでしょう。
 お近くの方、是非おいでください。礼拝は午前10時からです。

自由な道 寺田祐一牧師

2008/11/28 (Fri) 08:20:57

 今朝は、昨夜からの強くて冷たい雨が降っています。風もあって、まるで冬の嵐のようです。5時半はまだ真っ暗で、こんな朝は誰も来ないかと思っていましたが、一人いらっしゃいました。そんな時はやはりうれしいもので、勇気づけられます。昨日は、郷愁などと気取ったことを書いてしまいましたが、ちょうど、旅の道すがら、強い雨に降られ、不安な思いを抱えながら雨宿りしている時に出会った人のようです。
 今朝の聖書箇所はエレミヤ書の40章、両眼をえぐり出された王ゼデキヤがバビロンに連れ去られ、陥落してしまったエルサレム、イスラエルのその後の状況が書かれています。一旦は捕囚の鎖につながれてしまったエレミヤですが、侍従長ネブザルアダンによって解放されます。
 すでに死を覚悟したエレミヤにとって、これは予期せぬことであったようで、「そこで今、見よ、私はきょう、あなたの手にある鎖を解いてあなたを釈放する。もし、私とともにバビロンへ行くのがよいと思うなら、行きなさい。私はあなたに目をかけよう。しかし、もし、私といっしょにバビロンへ行くのが気に入らないならやめなさい。」というネブザルアダンの突然の言葉には、少なからず驚いたようです。「しかし彼がまだ帰ろうとしないので」と、どうすればよいかと戸惑っているエレミヤの様子が描かれています。
 少なくとも、エレミヤの一筋の生き方が敵のこころをも動かしたように思います(イスラエルが滅びると言い続けたエレミヤを放っておくほうが、バビロンにとっては有利だったのだと、うがった見方もあるようですが、読み過ぎでは‥‥ )。いずれにせよ、エレミヤの前には、「見よ。全地はあなたの前に広がっている。あなたが行くのによいと思う、気に入った所へ行きなさい」という道が開かれてしまうのです。
 信じ、従いきれなかったゼデキヤは滅び、孤立無援だったエレミヤの前には、自由が広がったのです‥‥
 本当に難しいところです。
 しかし、エレミヤは再びエルサレムへ戻る道を選びました。もはや自分の人生などなくなっていたのでしょう。
 陥落したエルサレムに、ネブカデネザルは、シャファンの子アヒカムの子ゲダルヤを総督として立て、まとめさせようとします。こんな役割もまたあまりいいものではありません。やりたくないものです。
 ただ、問題はそんな中にあっても(国が滅びてさえも)、人間の愚かさ、醜さ、悪といっていいのでしょうが、がっかりさせられる出来事が記されています。
 野に隠れてたはずの将校たちが、新しい総督ゲダルヤのもとにぞろぞろと出てきて、実にくださらないことを言うのです。
 「アモン人の王バアリスがネタヌヤの子イシュマエルを送って、あなたを打ち殺そうとしているのを、いったい、ご存じですか」と。
 目くそ鼻くそを笑う、浮浪者同士の喧嘩、これほどわびしいものはありません。すでに滅びた者同士が中傷し合い、攻撃し合う‥‥ 、どうせするならバビロンのはずですが‥‥
 韓国の教会は大きく力もあるので、その中に争いや問題があるのは当たり前なのですが、1%にも満たない日本の教会が、教会間もさることながら、ひとつの小さな教会の中で争いがあるのには本当に驚きます。驚く以上にわびしく、がっかりしてしまいます。確かに、人が集まれば争いが起きるのは仕方がないのですが、日本の教会内での争いは悲しすぎます。20年牧会していて、そんなに悪い人も牧師もいないと思うのですが‥‥
 しかしゲダルヤは、「彼らの言うことを信じ」ず、「そんなことをしてはならない。あなたこそ、イシュマエルについて偽りを語っているからだ」と、はっきりと見抜きました。惑わされることはなかったのです。
 本当によかった、ホッとします。
 聖書はさらに、そうした中傷について、単なる感情問題に過ぎないのに、「打ち殺しましょう。どうして、彼があなたを打ち殺し、あなたのもとに集められた全ユダヤ人が散らされ、ユダの残りの者が滅びてよいでしょうか」と、国を守るためだ、教会を守るためだと、大義名分を立てることを指摘しています。
 だったらエレミヤのように、国が滅びる前に、野に隠れてなんかいないですべきことだったのです。
 こんな危機に際しても、メンツや欲得、悲しい劣等感、つまらぬ争いが起こるものだなと、少しがっかりすると同時に、聖書は隠さず記していることに感謝しています。まるで自分のこころをえぐられるようです。
 エレミヤの前に開かれた自由な道は、エレミヤ自身が驚くほどのものでしたが、神様が開かれたと言うほかはないようです。ここまで来たらもう、私もまたその道を味わってみたいものです。
 

区域での話 寺田祐一牧師

2008/11/28 (Fri) 08:22:20

 今日はまた、雨の日で大変ですが、区域があります。
 何をすればと、いつも悩むのですが、今日は、実は私が外では何度も話していながら、自分の教会ではほとんど話していなかったことをしようと考えています。しなかった理由は様々で、またいつか書くこともあると思いますが、私にとってはもっとも重要なことで、私が何と戦い、何を打ち破ろうとしているのかについてです。
 そんなことも自分の教会できちんと話していないのはおかしなことですが、なかなか話をする機会、場所も難しかったのです。今も、区域で話すのがいいかどうか難しいのですが、思い切って区域ですることにしたのです。
 テーマは、「日本人の意識」です。
 私が韓国で出版した本からの中身を中心としたものです。

郷愁 寺田祐一牧師

2008/11/27 (Thu) 07:48:58

 郷愁、ノスタルジーといった言葉は、今でも通じるのでしょうか。
 私のようにロマンティックな甘ちゃんは、この言葉がなければ自分の心を把握し、表現することは困難です。
 私の青年時代ごろまでは確かに生きていた言葉で、みんなこの中で生きていたような気がします。
 これは私のこころの中でのことですが、郷愁と貧しさは裏腹な世界で、おそらく現代は、少なくとも物質的には貧しい世界ではないので、もう郷愁などという言葉は不必要なのかも知れません。たぶん、郷愁では物が食えない時代だからでしょう。貧しさの中に郷愁を感じるなどというと、勿論反発を感じる方もいるでしょう。お前は本当の貧しさを知っているのかと。その通りなのですが‥‥
 貧しさ故に行けなかった学校、貧しさ故に出来なかった結婚、貧しさ故助からなかった親しいいのち、貧しさ故に‥‥ 、確かにそれに対する怒りもあり、それが原動力となったり、あきらめとなったりもしました。
 しかし、誰しもが否定できない、何かしらの感情的なものをそこに持っていました。それを私は郷愁と呼んでいるのですが、そこから様々な作品や清楚で美しい行き方も生まれていました。
 イエス様のご生涯もまた、貧しくてシンプルな美しさ、ガリラヤ湖の風景と相まって、郷愁に満ちたものでした。
 「異邦人」で有名なアルベール・カミュは、実存主義のサルトルと対立した哲学者、著名な文学者といった、少しお堅いイメージですが、私の知る限り(作品を読む限りといったこと)、かなり怒りっぽくはあるのですが、非常にノスタルジックな人でした(人の感情に触れる、文学的だということ)。アルジェリア生まれの、相当貧しい少年時代を過ごしたようですが、これがカミュを、生涯を通してノスタルジックな人生にして行きました。
 「神は、貧しさの中に愛をおいた」と、神様を徹底的に否定しようとしたカミュでしたが、これがアルジェ時代のカミュの想い出で、生涯の原風景となって行ったことは確かです。早くに父を亡くし、耳の聞こえなかったスペイン系の母親とともに、貧しい人々の中での共同生活(ジプシーだったかも知れません)、自らも結核となって生死をさ迷ったり、上の言葉にはそんなカミュのすべてが含まれているようです。
 20世紀前半から半ばにかけて、特にフランスにおいて無神論は隆盛を極めるのですが、時代の思想家たちが頑張ったわりには尻つぼみに終わってしまいました。それは何か、ある、どうしても否定しがたいこころの奥底に潜むものを葬り去れなかったからです。それが郷愁です。
 郷愁とは、ただ過去の想い出に浸る、懐かしいというのではなく、最終的には故郷を思うというところにあります。たとえ故郷を持たないという、東京などの都会人であっても、不思議に故郷という思いがあるのです。いわば自己存在の原点(60年代の言葉ですね)、ルーツといったものへのあこがれがあるのです。
 海や山を見ての不思議な郷愁は、単に自然、故郷というより、そこにいのちの根源を私たちに感じさせるからです。
 これは、汎神論など、間違うと危険なほど魅力に満ちたものですが、すべての人間のこころに備わったものです。カミュの海好きもまたそれによっています。異邦人の主人公ムルソーは、「死と海」という意味だそうですが、最初カミュは、小説のスケッチの中で、メルソー、「太陽と海」としていたようです。
 カミュが気づいていたかどうかは別にして(むしろ抵抗していたと言うべきでしょうか)、彼のこころもまた、天の御国という、私たちの永遠の故郷と結びついていたのです。目に見える具体的な自然や現実の故郷、不思議な過去への郷愁は、すべてこれを教えるために、私たちのこころに、神様が植え付けてくださったものだからです。この世界の風景はすべてそのひな形なのです。
 ですから、キリスト教信仰と郷愁、教会の歴史とノスタルジーは切り離すことの出来ないもので、裏腹なものとなっているのです。聖書は、信仰者のこの世での生き方を、この天の御国を目指す旅人してとらえています。旅のロマンということも出来ます。旅ほど郷愁に満ちたものはありませんから、ここで出会う人々の関係もまたロマンティックなものです(争いもあるのですが、それもまた旅の空でのことです)。
 あえて、この懐かしさ、郷愁を感じられなくなったら、その社会も教会も難しいかも知れません。
 人生は金ではないというのは、残念ながら、このロマンティックな旅はお金で行けないことを言うのです。
 

たといそうでなくても‥‥  寺田祐一牧師

2008/11/26 (Wed) 09:57:32

 「たとえそうでなくても」は、バビロンに拉致され、ネブカデネザル王の「金の像」を拝むことを強要された時、青年ダニエルたちが王に答えたことばです。奴隷の立場でそれを拒否するということは、そのまま死を意味したのですが、「お前の神様がわしの手からお前たちを助け出してくれるのか」というネブカデネザルの脅迫に答えたものです。
 「ネブカデネザルよ、この事について、お答えする必要はありません。もしそんなことになれば、わたしたちの仕えている神は、その火の燃える炉から、わたしたちを救い出すことができます。また王よ、あなたの手から、わたしたちを救い出されます。たといそうでなくても、王よ、ご承知ください。わたしたちはあなたの神々に仕えず、またあなたの立てた金の像を拝みません」
 「たといそうでなくても」‥‥
 物語としては恰好いいのですが、自分の身に降りかかる実際のこととしては、当たり前ですがそう簡単ではありません。この信仰に応えた神様によって、燃える炉の中からダニエルたちは助け出されるのですが、いつもそううまく行くとは限らないでしょう。だから「たといそうでなくても」なのですが、困難な状況に出会った時、たとえクリスチャンであったとしても悩みます。
 何故、今朝はこんなことを書くのかといえば、今、早天礼拝ではエレミヤ書を読んでいるのですが、こうした状況は何も外敵との間にだけあるのではなく、仲間内でさえ起こりうることだと感じたからです。
 神様からエルサレム滅亡を告げられたエレミヤは、それを、王をはじめとするすべての民たちに告げることを命じられます。「国の滅亡、負けることが一番被害が少ない」などと言うことがどんなに難しいことかは、戦前、戦中を通して日本人が身にしみているところです。「非国民」、「気迫がない。お前たちのようなものがいるから日本は負けるんだ」、こんな言葉で、事実に気づいた人々は沈黙させられ(日本がアメリカに勝てるはずがないこと)、口を開く者は葬られたのです。そしてそのまま原爆二発につながって行くのですが‥‥
 今朝の箇所で、非国民的発言を繰り返すエレミヤは、ついに「愛国者?」たちによって泥の井戸の中に突き落とされてしまいます(黙っていれば起きなかったことですが‥‥ )。エレミヤがどんな気持ちでそれを語り続けたのか、正直なところ分からないのですが、ダニエルたち以上に「たといそうでなくても」という覚悟は迫られただろうと思うのです。しかも身内の中において‥‥
 その役割が与えられようとした時、はじめエレミヤもかなり嫌がっていました。さすがのエレミヤも、それがどういうことかを知っていたからでしょう。しかし、黙ったいるわけには行かなかった、止める訳にはいかなかったのです。黙っていると身体が熱くて焼けてしまいそうだっからと、真に国を愛し、自分の家族を愛していたからです。自分を疑い、殺そうとまでする人々であってさえでした。
 ダニエルたちが炎の中から救い出されたように、ルターが火あぶりの刑から逃れたように、実に不思議なことですが、エレミヤもまた泥の井戸から救い出されます。よかったと言うにはあまりにも過酷で、私には絶えられそうにもありません。まさしく「たといそうでなくても」という神様への信頼がなければ出来そうにないことです。
 しかし、こんなに派手な、歴史を動かすようなことではなくても、案外私たちはこうした判断、決断を迫られつつ生きています。確かにその時の損得、社会的立場、身体的安全性を考えるならば、あまり無茶な、挑戦的な対応は賢いとは言えないでしょう。過激ではっきりしてるのがいいわけではありません。はた迷惑な場合もたくさんあります。しかし、すべての判断基準がそれでは‥‥ 、結果的に何も守らなかったことになってしまう‥‥
 ダニエルもルターも、そしてエレミヤも過激な人ではありませんでした。
 ただ一点、違っていたのは、その根底に神様が明確にいらした、ということだけでした。
 ただ、この違いは大きく、そうでない人には愚かにしか見えない決断につながってしまうので、理解されることは難しいでしょう。「何も泥の井戸に放り込まれるまでする必要ないじゃないか」と。その通りで、好きこのんでそんな選択をする人はいません。しかし、最近の事件は過激で不可解です。違いは単純で、この決断は人を傷つけたりしないことです。
 今の時代、そうした選択がかなり問われているような気がします。
 たといそうでなくても‥‥ 、自分の人生ですから自分で決めるほかはないのですが‥‥
 今朝の早天礼拝の箇所は、そんなことが迫られる箇所でもありました。

 今日は、どうやら暖かい一日になりそうで、朝からそんなに寒くはありませんでした。

身にしみる 寺田祐一牧師

2008/11/25 (Tue) 10:00:05

 どうやら雨も止んで、日が差し込んで来たようです。
 暑い暑いと思っていた夏もあっという間に過ぎて、もう冬かと驚いています。
 しかし、日差しのありがたみも、冬でなければ分からず、冷たい雨のあこそ身にしみるもののようです。
 昨日、一昨日の晩は寒さに震えながら寝たのですが、太陽の暖かさを感じるとホッとする思いです(お日様ではありませんよ)。
 最近、色々な意味で厳しい状況にあったのですが、まさしくイエス様の恵みを肌身で感じています。
 人のこころも冷え、普段当たり前と思っていることが当たり前ではない‥‥ 
 収穫感謝節を無事に迎えることが出来たこと自体、私にとっては奇跡的なことで、本当によかったなと、安堵の思いでいっぱいです。状況は何も変わらないのですが、不思議なことに感謝が溢れて来ます!
 「いつも喜んでいないさい。絶えず祈りなさい。すべてのことに感謝しなさい」が、少しは身について来たのでしょうか。少なくとも頭ではあらゆる状況に対処する秘訣であることはよく分かっているのですが、回りを取り巻く状況の力も大きいこともよく知っています。 
 感謝出来ない時に感謝する、偽善と言われようとなんと言われようと、これにまさる状況への対処法はありません。聖書は間違っていないのです。
 最近メディアをにぎわわせている事件、嫌なものばかりですが、当事者たちのこころにこの感謝や喜びがあれば変わっていたろうにと、見るたびに思います。
 酔っぱらい運転で事故を起こした「酒飲み運転防止キャンペーン」責任者だった、50歳過ぎの警察官、ついい魔が差して下着泥棒をしてしまったやさしいお巡りさん。一瞬にしてそれまでのキャリア、人生をふいにし、これからの歩み、家族の人生を茨の道にしてしまいました。世間の目は冷たく容赦のないものですから、おそらく今は後悔の念で転げ回っているでしょう。自業自得と言えばそれまでですが、どんなに厳しくても、チャンスはもう自分で作るほかはありません。
 そしてその最高の秘密こそ、そうした状況に感謝することです、それ以外によく乗り越えられる方法はありません。むしろ人生を行き直すチャンスだと。
 自分では到底出来ないのですが、幸い私にはイエス様がついておられますので、きっと感謝が出来ます。
 いや、むしろそんな冷たい逆風の時だからこそ、その感謝の力と、イエス様の慰めが身にしみるのです。
 あの方々にも、このイエス様の恵みを伝えたい‥‥

涙とともに 寺田祐一牧師

2008/11/24 (Mon) 18:34:58

 今日は、早天礼拝にいらした方に、お休みだと言うことを聴きました。
 昨日の勤労感謝の日の代替えだそうです。
 基本的に早天礼拝や教会のプログラムは一年中同じで休みがないので、ほとんどこの世の休日は関係なく生活しています。そんな生活も20年以上続いていますので、言われればそうかと思うのですが、あまり関心はありませんでした。同じようにまったく関係なくお過ごしの方もいらっしゃるでしょうが、お勤めの方々や子どもたちにとってはうれしいでしょうね。勿論私も昔はそうでした!
 また、朝から冷たい雨が降っていて、今年一番ぐらいの寒い日でしたので(お出かけの方、お仕事の方はご苦労さまです)、私も今日は書き込みも止めて、一日お休みにしてみようと考えました。韓国から戻って以来、どうもうまく体調が回復しないし、そのため(いい訳になりますが)、昨日も説教はあまりうまく行きませんでしたので、この際、祝日であるし、思い切って休むことにしたのです。
 先ほどまで家でお昼寝をしたり本を読んだりしていましたが、お腹が空いたので起き上がったついでに書き込んでいます。昨日は勤労感謝の日でもあるのですから。
 勿論教会では収穫感謝節を祝いました!
 初物をお捧げし、お昼には美味しい「豆モヤシご飯」をいただきました。

 「時期は違っても、世界中収穫感謝祭がないところはないそうです。何に感謝するかは別に、感謝の気持ちは誰にでもあるようです。人間の弱さと限界を如実に現しているのでしょう。どんなにうまくやっても駄目な時は駄目なのです。
 世界中の優秀な頭脳が経済を動かしていましたが、駄目だったようです。困ったものです。
 今年も守られたことに感謝!」
 収穫感謝節にちなんで週報に書いたコラムです。

 「この一週間、私たちがどのように過ごしてきたか、一番よくご存じなのは私たちの神様です。つらいこと、嫌なこと、腹が立ったこと、人は知りませんが、勿論私にもありました。そしてうれしかったことやよかったこともです。
 今日、この礼拝を通して、神様が臨んでくださいます。なぜなら、そんな中、私たちがこの礼拝に出席していることを、誰よりも神様ご自身が喜んでいてくださるからです。よく来たなと。そしてその神様ご自身のお喜びを私たちに伝えたいと願っているのです。
 同じように、今年も、人によって様々でしょうが、無事だったかどうかは分かりませんが、とにかく、なんとか収穫感謝節を迎えることが出来ました。あるいは、年を越せるだろうかと不安な方もいらっしゃるでしょうが、少なくとも私にとっては、今年の感謝節は迎えられなかったかも知れないことを考えると、それだけでもう十分感謝です。こころの底から、一年経ったんだなと、ホッとして、本当によかったと思っています。
 「来る年ごとによき実りを 刈り入れの主は与えたもう」は、先ほどの賛美の一節ですが、いずれ私たちもこの世を去る時は来るのですが、その時まで、今日、感謝節の恵みは続いて行くと言う信仰の告白です。十分な時もあれば、不足を覚える時もあるでしょうが、とにかくその時まで、収穫の主の恵みは必ず続くのです。そう信じています。
 今年も無事に迎えさせてくださった収穫の主に、もう一度感謝しながら、新しい来年の収穫に向けて立ち上がって行きましょう。」

 昨日の、感謝節に向けた説教の出だし部分でした。
 説教の箇所は神殿126篇、「都上りの歌」で、有名な「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る」でした。
 この箇所は、解説抜きで、そのまま読んでいただいたほうがいいようです。

収穫感謝節 寺田祐一牧師

2008/11/22 (Sat) 10:45:38

 今週もまた、ぐずぐずしているうちに土曜の朝を迎えてしまいました。
 明日の準備のためにあたふたしているところで、書き込みどころではないのですが、ちょっと筆休めといったところです。
 明日は収穫感謝節なので、それに合わせた説教を準備しているところです。
 この感謝節も、クリスマス、イースター同様、毎年巡って来るものなので、少なくとも説教ももう23回は行っていることになります。すべてを記憶しているわけではありませんが、毎年違う話をするのは結構大変で、普段の説教よりは時間も神経も使うものです。
 雑誌やどなたかの説教集などにもあるのですが、どうもそのままとは行ききません(著作権があるわけではないので、下手な説教をするよりはその方がよい場合も多々あります)。よしとしないわけではなく、むしろしっくりしないのです。私の説教の方が劣っているでしょうが、どうもそのまま引用しても力が入らないのです。
 それでは逆に、内容がよくても説教にいのちがなくなってしまいます(生意気なようですが)。それならそれをプリントして読んでもらう方がいいでしょう。
 しかし、神様は礼拝という特別な時間を設け、その中で説教者を立てて直接語るようにされたのです。そのために牧師がいるのですが、その時限りの、やはり特別な時間なのです。牧師は、そのわずかな特別な時間のためにいのちがけで説教を準備するわけです(恰好いいようですが、本当です。お仕事をなさる方は皆さんそうしていらっしゃると思います)。
 近年、有名な牧師の、メディアによる衛星放送やビデオによる礼拝が行われているそうですが、どうなんだろう‥‥ 、聖書的な根拠を追求されると分からないのですが、間違っている気がするのは事実です。確かに下手な説教者の話を聴くよりも、うまい説教者の話を聴く方がいいかも知れませんが、それはそれだけのことです。
 説教は、みことばが裸で語られ、直接それを耳にし、やがて消えて行く‥‥

 よく分からないのですが、今、そのために準備しています。
 もし私の説教がつまらなければ、それが私の器としか言いようがありません。きっとその器にあった人々が集まってくださるのでしょう。それが地方教会で語るという意味なのかも知れません。

万葉と幕藩体制 寺田祐一牧師

2008/11/21 (Fri) 08:28:27

 万葉集というのは、古代大倭、飛鳥奈良文化の曙、黎明期におけるタイムカプセルということが出来るでしょう。
 その成立については明らかではありませんが、大伴家持が関わったことは確かで、やはり、時代を見抜き、時代を超えた天才によって編纂されたことは間違いありません。天皇から、無名の一般庶民に至るまで、4500首もの歌が収録されるなど、時代の奇跡としか言いようがありません。歌ひとつひとつも、現代から見れば、まるで異星人が歌ったような異様さと新鮮さを覚えるのですが、それよりも、こうしたかたちでまとめようとしたことこそ驚くべきものです。歌ごころがあり、さらに物事の本質を見抜く超越的な視点が隠されている、読む者をして、反対に、歌の底からじっとこちらを見据える古代人の目を感じさせます。
 額田王、柿本人麻呂、山上憶良、橘諸兄、大伴家持などなど、教科書でもおなじみの名前のほか、数え切れないほどの時代精神がきらめいています。
 勿論私はそんなことの専門家ではありませんので、これ以上書くとぼろが出てしまいますが、日本にこんな時代があったのかと思うほど異質さを感じさせせる世界なのです。
 これが武家社会となり、やがて徳川幕府を中心とした幕藩体制となると、日本文化の中から(戦国時代あたりまでを大倭文化と言うらしい)、いや日本人(大倭民族)の中から、明らかにその輝きや、キラキラとした自由な精神性は失われていきます。あの額田王の自由さと奔放さはどこに‥‥ 、まさに英雄です。
 幕藩体制とは、言うまでもなく徳川支配のために諸侯を封じた封建制国家のことを言うのですが、支配体制の中での動きを極力封じ、監視体制を厳格化したものです。
 日本の場合、キリスト教禁止のためにとられた鎖国政策のために、さらに人々の定住性を強化し、その土地、地域に釘付けにしていったのです。いわばカゴの鳥にしてしまったというわけです。
 いわば、その中にいれば安全という、檻の中に閉じこられめた歪んだ自由のことですが、動物園のライオンのように、精神も歪んで行ったのです。扉を開けても飛び出せないほどに‥‥
 島国とはいえ、隙だらけの中央集権制であった日本では、悪に関しても不道徳に関しても(そんな言葉すらなかった)、文字通り移動に関しても自由だったのです。善し悪しを言っているのではなく、エサは飼育係が用意してくれなくても、自由ではあったのです。
 あれほど自由奔放に自分のこころを表現し、実際の行動に移していた日本人はどこに行ったのだろうか。万葉の時代、人々を縛り付ける重苦しい枠組みなどなかったのです。
 反面、自らの思い、願い、はっきりと言ってしまえば欲望を表現、口にしなければ相手にも伝わらなかったのです。自分から相手に近づいて行かなければ、関係は結べなかったわけです。現在、自分の気持ちを表現することの下手な日本人に(まさに私がそうなのですが)「思いは口に出して言わないと伝わらないよ」などという考えすら浮かんでいませんでした。それを歌にして表現する、しかもどれもすごい、それ以上にそれを集めて編纂するといった考えを持った男がいる(女かも知れない‥‥ )。これもまた私にとっては、作品以上に驚くべきことで、ほとんど理解出来ません。まさしく別世界、民族なのですが、しかし、今の私たち日本人のルーツであることもまた確かです。改めて自分の中に流れている血、時というものを考えて見たくなりました。
 これがいつ失われたのか、次第にとか、自然にではなく、明確に一線が引かれ、それが徳川幕藩体制であることも間違いありません。幕藩体制の中で信長は生まれてこないのです。作家の司馬遼太郎が、応仁の乱以前の日本は日本ではないとまで言っていました。その通りに、その時代に触れた作品は少ないようです。
 そして日本人は自分の気持ちを正直に、ストレートに表現することはほとんど不可能になりました。
 今の日本人の正直ぶった表現は露悪趣味で(正直さとはほど遠い)、万葉のようなストレートなさわやかさはありません。なんだかみっともなくてかわいそうです。まあ、自分でもよく分からない抑圧に焦れているのでしょうが、よく分からなければいくら叫んで暴れてもそこから抜け出すことは出来ないようです。
 キリスト教を禁止するために作られた鎖国、そして幕藩体制、日本人の表現方法は、どうやらまったく反対の方向に向かって進んで行ったのですが、これがまた、日本人に対する伝道の難しさと方向を分からなくしている要因ともなっています。
 長くなりそうなので、この続きはまたいつか書きます。

天の万象が数えきれず、海の砂が量れないように 寺田祐一牧師

2008/11/20 (Thu) 09:06:43

 だいぶ寒くて、もう朝起きるのがつらい季節ですが、今朝もまた何人かの方々が早天礼拝に参加してくださいました。やはりうれしいし、励まされます。
 一人でもやることには決めていますが、もし、二年でも三年でもだれも参加せず一人なら、さすがの私もめげて止めていたかも知れないと、今朝思いました。勿論、私自身が寝坊したり体調を崩して参加出来ないこともありましたが、たった一人だったことはそんなに多くなく、ほとんどの場合、どなたかがいらっしゃいました。
 日本では早天礼拝の習慣がないので、始めても人が集まらないと聞きましたが、それに比べると私は幸いだと感じたのです。とにかく一緒に毎朝祈り、賛美して聖書のみことばを一章ずつ読んでいく、それだけのことで、面白みも何もないのですが、不思議なことに、終わって皆さんと挨拶をするととてもうれしく、御霊に満たされていることを感じます。なんだか今日一日、何があってもいい、大丈夫、がんばれるといった実に楽天的な思いに変えられているのです。
 本来根暗で心配性な私にとっては(夜眠れないこともしばしばです)、あるいはこの早天礼拝がなければつぶれていたかも知れません。毎朝守るのが大変でつらいことも確かですが、やはり恵みと言うほかはありません。
 ですから、この早天礼拝を強制したり、無理に参加させるようなことはありませんが(そんなことをしたら日本の教会は壊れてしまいます)、不思議なことにどなたかがいらっしゃるのです。とにかく早天礼拝を守っていこうとする私にとってはこれ以上の励みはないわけです。
 何故、今朝急に感じたかというと、今日の聖書箇所であったエレミヤ書33章のみことばによったのです。神の民であったイスラエルの悪が満ちてしまい、すでに限界点は越えてしまって、エルサレムはバビロンによって滅ぼされてしまうことは決まっていました。しかし、それを明確に知っていたのはエレミヤ一人で、そのことを何とか人々に知らせようと叫んだのですが、国が滅びるなど、誰もそんな話は聞きたくないので、耳を傾ける者はいませんでした。むしろそんな話をするエレミヤを疎ましく思い、ゼデキヤ王はエレミヤを捕らえることさえしたのです。今で言う「治安維持法違反」といったところでしょう。しかし、監禁されたエレミヤになお主のみことばは臨み、その中でさえ叫ばせるのです。
 このこと自体異様な状況で、何を叫んだとてむなしく、むしろ「エレミヤ、お前は何を言っているのか。自分の置かれた状況を考えて見ろ」といった人々の嘲笑買うだけです。ちょうど十字架上のイエス様に、パリサイ人たちが「お前が神の子ならそこから降りて自分を救って見ろ」と投げつけた嘲笑やつばのようにです。
 しかしエレミヤは語るのです。

33:20 「主はこう仰せられる。もし、あなたがたが、昼と結んだわたしの契約と、夜と結んだわたしの契約とを破ることができ、昼と夜とが定まった時に来ないようにすることができるなら、
33:21 わたしのしもべダビデと結んだわたしの契約も破られ、彼には、その王座に着く子がいなくなり、わたしに仕えるレビ人の祭司たちとのわたしの契約も破られよう。
33:22 天の万象が数えきれず、海の砂が量れないように、わたしは、わたしのしもべダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人とをふやす。」

天の万象が数えきれず、海の砂が量れないように 寺田祐一牧師

2008/11/20 (Thu) 09:07:58

 一旦エルサレムは滅びるが、再び解放される時が来る、歴史はその通りになり、それを知っている私たちにはそれほど大きな驚きはありませんが、まだ滅ぼされる前、監獄の中でエレミヤは叫んでいるのです。よほどの確信なければ出来ないことですが、「天と地との諸法則」を定めた、すなわち創造主の神様への絶対的な信頼がエレミヤにはあったのでしょう。
 そのエレミヤが「天の万象が数えきれず、海の砂が量れないように、わたしは、わたしのしもべダビデの子孫と、わたしに仕えるレビ人とをふやす」と言っているのですから、今がどんな状況かは、少なくとも神の民にとっては関係のないことです。最後は主の栄光が現れる、これが結論で、人がなんと言おうと、それをとにかく信じて待ち望むのが神様を信じるということでしょう。危なく見えるし、愚かにさえ見えるのですが、それを信仰というのでしょう。
 エルサレムは滅び、民たちはバビロンへ捕らえ移されるのですが、ダニエルやエゼキエル、モルデガイ、エステルなどいった人々によって、細々とした糸ではあっても、途切れずに解放まで続いて行くのです。
 神様が約束をお守りになるからです。ダビデの子孫は決して途切れさせることはないと。そればかりか、いずれの日にか(神様がお定めになっている)、「天の万象が数えきれず、海の砂が量れないように」するとおっしゃるのです。
 途切れなかった早天礼拝、たとえわずかでも集まってくださる人々、神様がそうしてくださったとしか言いようがありません。だったらいずれ「空の星のように、海辺の砂のように」増え広がる時が来るのでしょうね。
 今私たちは、その日まで途切れないように守る役割を与えられているのでしょう。
 そう思ったらなんだかうれしく、勇気と希望がわいて来たのです。
 勿論強制や押しつけではなく(私はこれまで、そうしたことはありません)、どうですか、一緒にこの素晴らしい恵みの早天礼拝を守って見ませんか。
 これから寒くはなるのですが‥‥

「みこころのままに」 寺田祐一牧師

2008/11/19 (Wed) 18:51:34

 パウロにとって、数少ない喜びの教会であったピリピ教会にも問題がなかったわけではありません。ピリピ教会にも危険な兆候はあったのです。一致が揺らいでいたのです。
 そこでパウロは、一人ひとりが「へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい」[3]、キリストの謙遜にに倣いなさい[5]、と奨めました。不一致は(つまずき)、信仰や救いの基本さえ揺るがす危険性をはらんでいます。神と自分との間に人が入ってしまい、それがつまずきの石、あるはつまずかせる結果となってしまうのです。そしてそれはいのちの問題へと直接つながっていたのです。
 パウロは、「恐れおののいて自分の救いを達成してください」[12]、「いのちのことばをしっかり握って、彼らの間で世の光として輝」[16]きなさいと激励するのでした。
 これまでにも学んで来たように、教会は、特に異邦人教会はあらゆる人種、あらゆる立場の人、あらゆる階層が集まり、キリストの救いを唯一の拠り所として築き上げるものです。他には何ひとつ共通点も一致点もありません。ただキリストのみにおいてひとつになるのです。
 キリストから目を離し、自己中心に走るなら、たちまち一致は破られ、教会は空中分解してしまいます。信仰や救いからも脱落しかねないのです。パウロはテモテやエパフロデトをピリピ教会に使者として送ろうと考えました。テモテはいつもキリストの心を追及しつつ奉仕しました。エパフロデトはキリストの仕事のためにあえていのちの危険をも冒しました。パウロは彼らを送ることにより、ピリピ教会の兄弟姉妹たちに彼らを見倣って欲しいと考えたのです。なるほど、クリスチャンにはそんな役割もあるのです。「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです」「13」
 ある韓国のご夫婦が、「日本宣教とは、別に何かをするのではなく、とにかく忠実に教会へ出席し、什一献金を捧げることですね」と私の話を聴いて言ってくださいました。
 日韓の宣教協力が主にあって用いられますように。戦うのは日本でも韓国のためでもありません。破壊されたのは神の国で、日本宣教とは、クリスチャンによるその再建のことです。

 また、これを読む後世のクリスチャンたちにもぜひ知って欲しかったのです。教会の一致など、油断しているとすぐに壊れてしまう、教会を離れてもこの世の生活には支障がないからですが、しかし、失うものは何か、もっとも大切な霊のいのち、キリストの恵みであることを。 ピリピ人への手紙 2章

 これは、今日これから行う水曜祈祷会での学びの要約です。
 韓国から帰って来たばかりで、結構切実なポイントであったので書いて見ました。

雲の詩? - Grace

2008/11/19 (Wed) 12:53:34

こんにちは。私には聞き慣れない、三寒四温というのがあるらしく昨日の夜から3日間、寒いそうです。今日は、私のことですが、とてもお腹が減ります。お昼を食べるまで、何かを買って少しでもお腹を満たそうかと考えました。しかし!少し我慢して座り、雲を眺めました。とにかく見ているうちに「私には詩がうまれてこないなー」と心でつぶやき、また雲を見ました。すると、一つの雲の形が見えてきました。グレムリン(←映画)の顔とイッタンモンメ(ゲゲゲの鬼太郎)の体でした。まだこれでは詩がうまれません。しかし、少しお腹がすいていたのを忘れました。あともう少しでお昼です。

文章を書くのは 寺田祐一牧師

2008/11/18 (Tue) 09:45:47

 朝方、寒くて起きてしまいました。日中は暖かいのですが、朝はもう冬です。
 今日は、午後のお絵かきの時間は、花房さんが新宿の病院まで検査にでかけましたのでお休みとなります。
 少し休めるのでホッとしているところです。
 日本の教会のほとんどは小さくて牧師一人支えるのも大変ですから、パートナーや副牧師といった助けてはいません。つまり、牧師が一人で何でもやっているのです。
 ですから、具合が悪くなったり、病気になっても、教会を留守にしなければならない時があっても休めないのが現状です。ほかに応援を頼むにしても、かなり前からお願いしておかなければなりません。どこの教会も、だいたい事情は同じだからです。日本の牧師にとって、体調管理やきちんと休みを取るのは、本当は大事な仕事のひとつとなるでしょう。
 残念ながら、そう思い通りには行かないのですが、怠け者のように見えて嫌だなと思うのですが、勤めて休まなければなりません。変わりがおりませんので。
 今日は午後からは休むことにしましょう。
 以前の書きましたが、うまい下手は関係なく、文章を書くというのは骨の折れる仕事で、かなり神経を使い、体力もだいぶ消耗します。私の場合、胃腸が弱いので、緊張するときりきりしてしまいます。そんな時は赤信号なので、なるべく書かないようにしているのですが、書くことが好きでもあるので、つい書いてしまいます。
 ただ、そんな時にはあまり突き詰めたことは書けませんので(書きたいテーマはいっぱいあるのですが)、とりとめのないものになってしまいますが、それでも、その日その日の、まさにブログにもなっているようで、あとで読み返すとよい資料にもなっています。
 今日もあまり書けませんので、昨日掲載すると約束していた説教原稿「詩と賛美と霊の歌」[エペソ人への手紙 5章18節〜19節]を、「説教」のところに掲載しておきました。テーマははっきりしているのですが、まとめきれない部分があって(時間的に)、後半が少し曖昧になっています。
 お読みいただければ幸いです。

疲れてはいたけれど 寺田祐一牧師

2008/11/17 (Mon) 23:13:09

 忙しい時には忙しい時が続くもので、今日は昼は関東宣教区の教師会が北秋津キリスト教会で、夕方からは朱基徹委員会が赤羽聖書教会でありました。そして今帰ってきたところです。
 今日もまた大変面白いお話を、岩崎孝先生、そして楊先生にしていただきました。
 アイヌ、琉球の日本への組み込みは、かなり不平等なやり方で、近代日本アジア外交の一貫して行われたこと、今、韓国で蔓延しているキリスト教の異端についての実に興味深いものでした。
 例によって、それを詳しくお伝えする力が残っていませんので、さわりだけで終わってしまうのですが、クリスチャンであるなしに関わらず、もう少し日本人はしるべきだなーと感じて帰って来ました。
 大変申し訳ありませんが、これからお風呂に入って寝ることにします。また明日早いので‥‥
  
 あ、勿論言うまでもなく、赤羽聖書教会で出してくださった夕食は、あついおでん、関西風の肉じゃが、甘いカボチャの煮っ転がし、珍しい佃煮、うまい味噌汁、ほうれん草の岩のり和えなどなど、婦人会の皆さんが一生懸命準備してくださった、とても美味しいものでした。ありがとうございました。
 疲れてはいるのですが、なんだか元気が出て帰って来ました!

判で押した生活と慰め 寺田祐一牧師

2008/11/16 (Sun) 19:47:23

 どうも旅行疲れから、帰って見ると急な寒さのため風邪を引いてしまったようです。
 体が重く、節々が痛むので(特に肩から背中にかけて)、朝起きるのもつらく、先週はこのHPを始め、ほとんど何も出来ませんでした。今日の礼拝説教も、そんな中準備したせいか、伝えたいことははっきりしていたのですが、少しまとまりに欠けてあまりインパクトはありませんでした(明日にでも「説教」のところに掲載しておきます)。
 ここ一年、だいぶ元気だったので油断したのでしょう。健康も仕事も、ちょっとした隙に足下をさらわれてしまいます。これからますます寒くなり、世界を見ると、人の心も冷たくなっていきそうです。油断禁物、もう一度気を引き締めて行く必要がありそうです。
 普段の私は、ほぼ毎日5時半に起き、準備して早天礼拝に出かけます。日によって多少違いますが、7時前後に終わってそのまま「朝ごとに」を書いて、時間とスケジュール次第でこのBBSを書きます。するとだいたい9時から9時半で、それから週報の準備、区域、水曜祈祷会、外部の様々な働きのための準備(だいたいが原稿書き)などを、11時から11時半ぐらいまで行います。
 それから家に帰り(歩いて5分ぐらいですが、いつも自転車で行き来しています)、朝昼食を食べて少し休みます。ちょっと昼寝をしたり(少し寝ないと持ちません)、本を読んだりして(好きなものというより必要なものがほとんどです。ちなみに私が好きな本はSFです)、4時か5時頃また教会へ行き、何かをします。
 小さな田舎の教会なので牧師が一人、なんでもする訳です。今週は新しいトラクトの作成と印刷があり、結構それで時間はとられてしまうでしょう。その間、色々な電話があったり訪ねていらっしゃるかたもおり、案外暇なしで、午前中の時間がなければ、何をしたか分からないうちに過ぎてしまいます。
 7時か8時頃に家へ戻り、夕食をしたりしなかったり、風呂に入ってテレビのニュースを見たりして過ごします(ニュースのほかには時々サスペンスドラマ、相棒やお笑いものなどをあほ面をして見ています)。
 10時ぐらいになるともう眠くなり、ぐずぐずしながら11時ぐらいに寝るようです(この時目覚ましをセットし忘れると大変!)。そしてまた朝5時半に起きる‥‥
 これがだいたい私の毎日で、結構判で押した生活です。酒を飲むわけではない、どこかに遊びに行くわけでもない、毎日家と教会の往復、まるで聖人のような生活だと、クリスチャン、いや、牧師以前には考えられない生活で、我ながら驚いています。
 もう天に召されましたが、以前の私をよく知っている、同居していた母がそれを見て「うーん、神様はいるね。でなきゃ祐一があんなことを出来るはずがない」と言っていました。本当にその通りで、だらしないの一言に尽きる私が自分で出来ることではありません。
 しかし、こうした判で押したような生活が、今回のような旅行や教会内での問題、身内のことなどでさまたげられるといっぺんにすっ飛んでしまいます(夜中の電話で起こされることも珍しいことではありません)。牧師であり、生きている人を相手にしているのですから当然で、それが仕事です。
 ですから不満など勿論ないのですが、また聖人のような生活に戻すのが結構大変です。今回の旅行のようなことがあると、油断していると体調を崩してしまうわけです。そして、すべての仕事に影響が出てしまう‥‥
 誰の責任でもなく。自分できちんとコントロールすべきですが、そんな時、心配をしていただいたり助けていただくと本当にありがたいことです。別に具体的な助けでなくても、やさしいことばひとつかけていただいても本当にうれしいものです。普段あまりそんなことをしない私が、他人に対してあえてそうしようとするにはそんな背景、自己体験があるからです。
 私の場合、まだまだ板についていませんが、こうした練習も、難しい研究以上に大切だと、この頃思っています。
 

ホットク 寺田祐一牧師

2008/11/14 (Fri) 09:56:11

 今週はどうも駄目みたいで、特別病気で具合が悪いわけではありませんが、書き込む力がありません。
 こんな時は、返ってつまらぬことを書いてしまうので要注意、あまり面倒な問題には触れないのがよいでしょう。
 釜山では、確かに毎日美味しいものをいただきましたが、ほとんどが主催者側が用意してくださったもので(勿論美味しくて感謝なことでした)、特別に高級なお店などにも連れて行っていただきました。
 本場のカルビ、ふぐチゲ、韓国の中華、ヌルンジ(お焦げのおかゆ)などなど、美味しくいただいたのですが、残念ながら、今回は家庭料理をいただく機会はありませんでした。贅沢と言えばそうなのですが、やはり韓国でも、その地域の家庭料理を味合わなければ本当のおいしさは分かりません。
 いつもは必ずそうした機会があるのですが、今回のような形態ではそれは難しかったのです。また、今では韓国でもお客様の接待は外食が主流で、よほど親しくないと家に招かれることはなくなりました。お互いに忙しいからです(私もまた、セミナーでの講義準備などを考えると、気を使わないホテルが便利なのです)。
 ただ、このままでは面白くないなーと思っていたのですが、確か木曜日の夜、すべてのプログラムが終わってもう夜の9時半が過ぎていました。ホテルに帰る途中、ちょっとお腹が空いたなーと、何か簡単に食べたいと思っていた時、セミナーで一緒のご夫婦が、同じくお腹が空いたらしく、通り道のコンビニに入ろうとしていました(今韓国でもコンビニは大流行です)。ふと思いついて、ちょっと町に出てホットクでも食べに行きませんかと声をかけて見たのです。
 すると、「え、ホットクって、なんですか」と聞かれて、「え、知らないんですか」と、反対に聞いてしまいました。
 私が韓国へ行ったら、必ず食べたいものが二つ、あるいは三つあります。それはカルビでも韓定食でもなく、ホットクとテジチョッパル(豚の足を蒸したもの、キムチやアミの塩からと一緒に食べる。中国より、韓国のものが最高です)、そして参鶏湯(サンゲタン)。
 しかし、今回はどれも食べられそうにありませんでしたので、ホットクだけでも食べようかと考えたのです。
 ホットクとは、日本のお焼きを潰したようなもので、中に黒砂糖とクルミ、そして様々な種を粉にしたものをあんこにして油で焼いたものです。屋台でおばあさんなどが作って売っているのですが、日本にはない、本当に美味しい韓国独特のお菓子です。
 これを食べたかったので、お二人を誘って中央市場へタクシーに乗って行ったのです。
 韓国の市場は夜遅くまでやっていて、もう10時頃だった思いますが、賑やかで人がいっぱい溢れていました。同行したお二人も驚いていましたが、ホットク屋さんもたくさん出ており、早速買って、その場で食べました。勿論お持ち帰りも出来ますが、その場で食べるところが屋台のいいところです。
 美味しいこと美味しいこと、二人もびっくりしていたのですが、韓国は4度目だというのに、まだ一度も食べたこともないし、夜の市場へも来たことがなかったそうです(いったいどんな旅をして来たんだろう‥‥ )。ですから、初めての体験も相まって、大変喜んでいました。
 ホテルに戻った時にはもう12時を過ぎていましたが、お陰で次の日の早天礼拝、少し遅刻してしまいました‥‥ 、」ま、いいか!

 今度行くときには、やはりあまり紐付きなしに、野寺先生、柴田先生などと一緒に気ままに行きたいなと、あらためて思いました。
 韓国もまた忙しい時代で、その方がお互いに便利かも知れません。

こころを開く 寺田祐一牧師

2008/11/12 (Wed) 14:46:33

  片付けなければならない仕事や、韓国旅行の疲れがなかなか抜けず、「朝ごとに」を書くのが精一杯でこのサイトへの書き込みはうまく出来ませんでした。
 単純な挨拶であっても、文章を書くと言うのは難しく、体力や気力を必要するものです。勿論時間も。
 今回、改めて感じた韓国の教会、日韓の違い(以外に深く、誤解されていることが多い)、最近の様々な事件や出来事、どれもふれて見たい、いや、一度きちんとまとめて見なければならないことは山のようにあります。
 その一つに、なぜ韓国の教会には人が集まり、日本では集まらないのか‥‥
 今回、その理由について話に行ったはずなのに、話しているうちに、自分の中で「なるほど‥‥ 」といった、はじめて感じる部分がいくつかあったのです。韓国とはもう30年も行き来しており、14年前に、日韓の違い、キリスト教不振の理由について本にまでしていて、いっぱしに分かっているつもりだったのですが、どうもそうでもないらしい‥‥
 まだまだ未知な部分、というより、受け止め方の意味の違っているものがあるといった感じです。
 その一つに、「こころを開く」といったことがあります。
 よく、日本人はこころを開かない、何を考えているか分からない、裏と表があるなど、現在、世界的にも知られている日本人の特徴ですが(日本人である私自身そう感じている‥‥ 、確かに自分はこころを開いていないと‥‥ )、これまでそれは、江戸時代の鎖国やキリスト教禁止時代に形成されたものではないかと考えていましたが(それも大きな原因であることは間違いないでしょう)、必ずしもそればかりではない、もっと違った原因がありそうだと感じたのです。
 簡単に「こころを開く」と言いますが、どうすればこころを開いたことになるのか、また、なぜ、どうしてこころを開かなければならないのか、実は、日本人にとっては非常に面倒な問題です。
 他人に、自分のこころの中にはずかずかと入り込んで欲しくない、しかし、独りでいるのは寂しい‥‥
 関心は持って欲しいが特別扱いはして欲しくない‥‥
 陰湿で複雑な、日本人特有のいじめ問題もここから発しているように思います。
 これはクリスチャンも同じで、特に神学校の先生などによく見られる傾向ですが、独立心とかプライドの問題とはまったく違う、こころの問題、あるいは病気のようにも感じられます。
 クリスチャンであっても互いにこころを開かない、確かに、これでは教会は出来ず、伝道などうまく行くはずがありません。伝道する方も受ける方もこころを開かないのですから。
 韓国のクリスチャンたちが日本に来て伝道する時、「ああ、日本人はこころが固い。こっちはこころを開いているのにちっとも開いてくれない。おかしいじゃないか」と、残念というより悔しい思いから怒り出すところの問題、はっきりとは口に出せない、まさしく「目に見えない壁」と感じるところのものです。
 これにはいらいらするようで、韓国のクリスチャンたちから、今回も総攻撃を受けた感じです。
 「開かなければ無理矢理にでも開かせるべきではないか。でなければいつまで経っても伝道は出来ない。涙を流して断食の祈りでもして無理にでも開くべきではないか。先生は祈っているのか。日本のクリスチャンたちはいのちをかけているのか」と、日本を代表してさんざんな目にあって来ました。
 確かに問題の核心もそこにあるので、私も別にそれを怒っているわけではなく(これまでにももう耳にたこができるほど言われて来ました)、日本人も、私たちの熱心さにこころを開いてくれれば伝道は出来ると考えているのですが、聞いている私自身のこころも開いてはいないのです。
 これまで考えて来たそれらの原因とはまた別に、韓国のクリスチャンたちのいらだちを聴きながら、ぼんやりと西行や芭蕉のことなどを考えていました。花を歌っても花を見ず、月を歌っても月を見ないとは西行のことばです。
 なるほど、「こころここにあらず」と言ったところですが、では日本人はどんなところにこころを開いているのか‥‥
 家族ごっこや親友ごっこ、恋愛ごっこはあっても(西洋文化の影響で、板についていません)、本当に大人としてこころが開かれた関係はどれほどあるのでしょうか。これは批判ではなく、日本人はどこにこころを開いているのかという問題です。先祖とか神社ってなんだろう‥‥
 日本人も、どこかにこころを開いているのですが‥‥
 それをまだ日本人自身分かっていないような‥‥
 韓国人のこころの開いている場所は簡単で、それは人です(たくさん誤解してください)。
 実にセンシティブな問題ですが、この「こころを開く」場所にイエス様を置く、これが日本伝道なのでしょう。
 さて、どうすれば‥‥ 、いや、どこに‥‥
 それこそ祈りとよく見える目、こころが必要なようです。


Copyright ©2004-2005 FC2 Inc. All Rights Reserved.